リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「明日、遅刻するなよ」

まあ、お前に関しては、その心配はないだろうけどな。
寝ていた間に明子の手で磨かれていた革靴を見て「ありがとな」と礼を告げながら、牧野はそんなことを言い出した。


(明日?)
(遅刻?)


そのキーワードで、頭の中を検索処理した明子は、小林の『雷、ドカン』を導きだした。


(ほほう)
(Xデーは、明日ですか)
(なるほどね)


ふむふむという顔で頷いている明子を、振り返った牧野はくすりと笑い見つめた。

「小杉データベースに、なんか、情報が入っていたか?」
「季節外れの雷が来るでしょうという、天気予報が」

その答えに、はははと笑う牧野は、やっぱ、お前は面白いなと、明子の前髪をぼんぼんと叩いた。

「遅刻するくらいなら、いっそ体調不良で休め」
「有給の申請は、火曜からじゃありませんでしたっけ?」
「代休なら通るかもなー」
「代休、取らせてくださーい」
「却下。明日は鬼退治だ。桃太郎がいないと退治できん」
「誰が桃太郎ですかっ 失礼な」
「熊に跨った金太郎よりいいだろう」

けたけたと笑う牧野に、明子はつんとそっぽを向くようにして、惣菜を詰め込んだ容器を入れた紙袋を後ろ手に隠した。

「そんなことをいう人には、お魚あげません」
「俺の鯖。返せよ」
「まだ私の鯖です」
「桃太郎さん。お腰の鯖を、一つ私にくださいって」

もう、犬ですか、猿ですか、雉ですか。
明子は堪らず吹き出して、仕方ないと後ろに隠したそれを牧野に差し出した。
やったと、嬉しそうにそれを受け取った牧野は、また明子の前髪をボンボンと叩く。

「な。マジで。山、歩いてこようぜ」
「……、いいですけど。なんか、また、企んでます?」

しつこいまでのその誘いに、明子は少しだけ警戒するような表情をした。
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