リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
玉ねぎ三個分。
縦に切って、また縦に薄く切って。
バターを落とした厚手の鍋で、弱火でじっくりと炒め続ける。
牧野が座っていたイスに腰を下ろして、長期戦の構えで木べらを動かし続けた。

買い物帰りに寄ったチョレレート屋で、木村のおやつ用とは別に、自分へのご褒美チョコレートを買ってきた。
流し台にコーヒーをたっぷり淹れたカップと、おやつ用のチョコレートを置き、ときどき、コーヒーを飲んだり、チョコレートをつまんだりしながら、玉ねぎをゆっくりと炒め続ける。

こういう単純作業は、案外、いい気分転換になる。
少なくとも、余計なことを考えなくてすむ。
なのに、今日はその余計なことが頭の中から出ていかない。
それどころか、それは増幅してしまった。
鍋の中の玉ねぎを見て、牧野の言葉を思い出してしまったからだ。


(作業の選択を、間違えたわ)


今さら、そんなことを思っても後の祭りだった。

家でどんな料理を作るのかと尋ねた明子に「そんな大したものは、作らねえよ」と、牧野は肩を竦めながら答え、一番手間をかけて作るのはカレーだなと言った。

『初めは、料理本を見ながら作ったんだけどな。玉ねぎを、キツネ色になるまで炒めるっていうのが、イマイチよく判らなくてさ。焦がせばいいのかと思ったよ』
『炒めると焦がすは違いますって』
『な。俺はそこに境界線があるってことを、そのとき、初めて知った。炒めると焦がすは似ているけど違うってな』


「境界線、か」

ほつりと、そう呟いて、牧野さんそのものじゃないと明子は苦笑した。
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