リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
キッチン、ダイニング、リヒングと、一続きになっている部屋が目に映る。

ソファーの上には、牧野が使っていたタオルケットが、そのままあった。
牧野が開けた窓は、まだ開いていて、カーテンがゆれゆれと揺れている。
牧野が、いたずら書きした切抜きもそのままで。
洗い桶の中には、牧野が使った小皿や箸が、水に浸されている。

探せば、いたるところに、牧野が今までここにいた、その痕跡が残っていた。
一人ぼっちでいたこの部屋のそこここに、誰かが今までそこにいたことを、教えるものが散らばっている。

寝ている人を起こさないようにと、そんな気を使いながら歩いたのは、久しぶりだった。
人の寝息が心地よく、耳に届いてきたのも久しぶりだった。
味見と言っては、あれもこれもと食べたがる牧野を、かわいらしく思った。
体に巻きつくように回された腕が。
思いのほか、広くて逞しい胸が。
明子の心を締め付けていく。

タオルケットを片付けようと、手を伸ばし持ち上げて。
ソファーの背もたれと座椅子の隙間に、埋もれるように押し込まれていた、見覚えのあるネクタイに気付いた。


(もう、忘れ物はないですかって、あれほど聞いたのに)


シワシワになっているネクタイに、洗濯できるやつかなと思いつつ、縫いつけられているタグに目を向けるが、文字がぼやけて読めない。


(一人は……、いや)


心が、ぽつりとそう呟く。
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