リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「入社したころは、もう少し、見られた体型だったろうがよ」

明子を上から下までじろりと眺めて、牧野は淡々と嫌みと皮肉を言い連ねていく。

「パシっとスーツ決めて、ハイヒール履いて。それが、今じゃ、踵のない靴で、ダラっとした服を着て。見る影もねえぞ。知っているか? あれじゃ、小杉じゃなくて大杉だよなあなんて言われてんだぞ、お前。そろそろ、いい加減、どうにかしろって、そのぷくぷくした顔と腹を」

さすがにその言葉には、明子も箸を止めて牧野を睨みつけた。


(牧野ーっ)
(あんた、それはセクハラだーっ パワハラだーっ)
(訴えるぞーっ)


もう勘弁ならんと、腹の底から込み上げてきた怒りのそのマグマを明子が爆発させる寸前、予想外のことが起こった。

「牧野さん。女性にそれは言い過ぎですよ。セクハラ訴訟とか起こされたら、負けますよ」

喋らない男、沼田のその声に、明子の怒りがすうっと引いていった。


(沼田くん……)
(喋ったよね、今?)
(喋ったよね?)


子どものころに見たアニメのワンシーンが、明子の脳裏に浮かぶ。
立った、立ったとそう言って、立ち上がった友人の姿に、主人公の女の子が跳ね回って喜ぶワンシーンが浮かんだ。
そんなものがフラッシュバックするくらい、それはちょっとした感動が込み上げてきた瞬間だった。


(喋るんだ、沼田くん)
(ちゃんと、意見を言えるんだ)
(しかも、牧野を相手に)
(すごい、すごいわ、沼田くん)


牧野への反論などどこかに吹き飛んだ顔で、明子は目を丸くして沼田を眺めた。

「素直じゃないからね、牧野課長は。病気にならないように気をつけろって、そう言ってあげればいいのに」

沼田に続けて、松山ものんびり感が漂うふにゃりとした口調で、それでも牧野の過ぎた言葉を窘めた。
しかし、そんな松山の言葉を、牧野は鼻先で笑い飛ばした。

「松山さん。そいつはね、そんなオブラートに包んだ言葉じゃね、これっぽっちも堪えませんよ。がつんと言わないとね」
「僕はオブラートに包んだ言葉で、十分、がつんときますから、包んだ言葉を希望します」
「ばかやろ。お前の図太さは小杉級だ。なにを言ったところでヘコたれるか」

混ぜっ返すように参加してきた木村の言葉を、牧野はなにを言ってやがると一蹴した。
松山はあははと声をあげ笑いながら、うんうんと頷いて見せた。


(小杉級って、ボクシングの階級かーっ)


小杉級までいってませーんと、拗ねたように反論する木村に、木村くん、キミまでそれを言うのねと心の中で明子は吼える。


(見てなさいよ)
(キミを、けちょんけちょんにするくらい、あたしには朝飯前なんだからね!)


じろりと木村を睨み付け、午後の報復を明子は密かに誓った。
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