リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「そういや、痩せていたころは、弁当組だったな」
なにかを思い出したように、そう問いかけてくる牧野を無視して、明子は黙々と弁当を食べ続けた。
昨夜のうちに茹でておいたブロッコリーとインゲンをフォークに刺して、別容器に入れてきた牛乳で伸ばしたピーナッツバターをたっぷりと絡める。
ささみのピカタは塩コショウでさっぱりと仕上げ、かぼちゃのいとこ煮も少しだけ醤油で味付けはしたものの、ほとんど調味料は使っていない。
だから、何か一つ、ちょっとこってり感のある味付けのものが欲しかった。
ということで思いついたのが、朝食用トースト用にと常備してあるピーナッツバターを使ってのドレッシングだった。
(あー)
(ちょいと甘いのが、たまらんわー)
牧野になど目も向けず、明子はドレッシングをたっぷりつけたブロッコリーを噛み締める。
「あー。なんだ。またダイエットもどきを始めたのか、お前。今度は何日もつかねえ」
グサリと、その言葉が明子の心に突き刺さった。
(またって、なによっ)
(あなたが、私のなにを、知っていると言うのよっ)
腸で怒りをぐつぐつと煮えたぎらせながら、それでも、無視だ無視と明子は自分に言い聞かせた。
「ああ。あれか? やっと、次の男ができたのか? 彼氏いない暦、そこそこ長いもんな」
なにも言わない明子の様子を窺い見ながら、牧野はそんなことを言い出した。
その言葉に、なぜか松山がクスリと肩を揺らして笑った。
しかし、明子にその失笑の意味を考えている余裕はなかった。
(無視よ、無視)
(相手にしない)
(無視無視)
爆発寸前の怒りを、そんな呪文を唱えて抑えるのに必死だった。
「昔、弁当作ってたころは、付き合ってた男がいたもんな。結婚資金を貯めるのなんのって、それで弁当を作って節約してたんだろ。何年前だ、あの話? 五年くらい前か?」
「四年ですっ」
耐えに耐え忍んだ腸が爆発し、明子は吼えるようにそう言い返し、牧野を睨み返した。
(余計なお世話よっ)
(なんで、そんな話まで知ってるのよっ)
(それにね、お弁当は、会社に入ったころは毎日、作っていたわよっ)
(知らないとは言わせないんだからっ)
(あなたにだけは、言わせないわよっ)
うるさい、黙れと言う言葉は辛うじて飲み込んだが、頭の中までぐらぐらと怒りで煮えたぎっていた。
「あー。そうなの。小杉主任も、いよいよ結婚?」
そのままの勢いで明子は牧野に食って掛かろうとしたが、松山のどこか面白がっている暢気な声が、それを留まらせる。
(ま、待ってください)
(松山さんっ、違いますからっ)
向かい側では、木村が目を輝かせている。
今の発言をこのまま放置してしまうと、間違いなく、取り返しのつかない尾びれと背びれがついた話しになってしまう。
そう判断した明子は、慌てて松山に「違いますよ」と、否定の言葉を返した。
「そんな浮いた話は、一つもありません」
「そうなの?」
「はい。全くもって。本人的にも、非常に残念な話なんですが」
「そうなんだ。独身の男性社員、ウチにはけっこういるんだけどねえ。そっちにも二人。そこの人も、バツがついてるけど独身だよ? 一人ぐらい、どう? 今なら漏れなく笹原部長の仲人付きだよ?」
軽い口調で独身男性の叩き売りを始めた松山に、明子は思わず吹き出しそうになった。
なにかを思い出したように、そう問いかけてくる牧野を無視して、明子は黙々と弁当を食べ続けた。
昨夜のうちに茹でておいたブロッコリーとインゲンをフォークに刺して、別容器に入れてきた牛乳で伸ばしたピーナッツバターをたっぷりと絡める。
ささみのピカタは塩コショウでさっぱりと仕上げ、かぼちゃのいとこ煮も少しだけ醤油で味付けはしたものの、ほとんど調味料は使っていない。
だから、何か一つ、ちょっとこってり感のある味付けのものが欲しかった。
ということで思いついたのが、朝食用トースト用にと常備してあるピーナッツバターを使ってのドレッシングだった。
(あー)
(ちょいと甘いのが、たまらんわー)
牧野になど目も向けず、明子はドレッシングをたっぷりつけたブロッコリーを噛み締める。
「あー。なんだ。またダイエットもどきを始めたのか、お前。今度は何日もつかねえ」
グサリと、その言葉が明子の心に突き刺さった。
(またって、なによっ)
(あなたが、私のなにを、知っていると言うのよっ)
腸で怒りをぐつぐつと煮えたぎらせながら、それでも、無視だ無視と明子は自分に言い聞かせた。
「ああ。あれか? やっと、次の男ができたのか? 彼氏いない暦、そこそこ長いもんな」
なにも言わない明子の様子を窺い見ながら、牧野はそんなことを言い出した。
その言葉に、なぜか松山がクスリと肩を揺らして笑った。
しかし、明子にその失笑の意味を考えている余裕はなかった。
(無視よ、無視)
(相手にしない)
(無視無視)
爆発寸前の怒りを、そんな呪文を唱えて抑えるのに必死だった。
「昔、弁当作ってたころは、付き合ってた男がいたもんな。結婚資金を貯めるのなんのって、それで弁当を作って節約してたんだろ。何年前だ、あの話? 五年くらい前か?」
「四年ですっ」
耐えに耐え忍んだ腸が爆発し、明子は吼えるようにそう言い返し、牧野を睨み返した。
(余計なお世話よっ)
(なんで、そんな話まで知ってるのよっ)
(それにね、お弁当は、会社に入ったころは毎日、作っていたわよっ)
(知らないとは言わせないんだからっ)
(あなたにだけは、言わせないわよっ)
うるさい、黙れと言う言葉は辛うじて飲み込んだが、頭の中までぐらぐらと怒りで煮えたぎっていた。
「あー。そうなの。小杉主任も、いよいよ結婚?」
そのままの勢いで明子は牧野に食って掛かろうとしたが、松山のどこか面白がっている暢気な声が、それを留まらせる。
(ま、待ってください)
(松山さんっ、違いますからっ)
向かい側では、木村が目を輝かせている。
今の発言をこのまま放置してしまうと、間違いなく、取り返しのつかない尾びれと背びれがついた話しになってしまう。
そう判断した明子は、慌てて松山に「違いますよ」と、否定の言葉を返した。
「そんな浮いた話は、一つもありません」
「そうなの?」
「はい。全くもって。本人的にも、非常に残念な話なんですが」
「そうなんだ。独身の男性社員、ウチにはけっこういるんだけどねえ。そっちにも二人。そこの人も、バツがついてるけど独身だよ? 一人ぐらい、どう? 今なら漏れなく笹原部長の仲人付きだよ?」
軽い口調で独身男性の叩き売りを始めた松山に、明子は思わず吹き出しそうになった。