リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「仕掛かり中の案件で客から外してくれって言われるのは、多分、これで三回目じゃないかな」
「そうなんですか?」
「それだって、今回は酷すぎた。今月には片が付くハズの仕事なのに、それでも外してくれって言われちまったんだぞ。ありえねえよ」
「よほど、目に余るなにかがあったんですかねえ」
「だろうな。知りたくもねえから、聞いてねえけど。今日だって、何時に出てきたんだ、あの人。係長クラスで遅刻の常習犯なんて、あの人くらいだぞ。タイヤ屋のほうも、昼ごろに出てきたと思ったら、喫煙室ばかりにいて、いつ仕事してるんだって感じだったらしいからな」
「はあ」
「で、客からのクレームで、リーダー交代になったんだ。そのときに、きっちりと釘を刺されてるはずなんだよ。もう後はないぞってな。で、バカな一発逆転を思いついたみたいだな」
「議事録の件は?」

あれは、大塚さんの差し金なんですよね?
そもそも、あれが引き金じゃないですかと、訳が分からないという顔で、明子は牧野を横目で見た。
牧野も、んーっと、唸りながら、言葉を選んで捻り出していく。

「沼田を、怒らせようとした、ってとこかな」
「……、は?」

なんですか、それは?
理解できませんと、眉間をきゅぅっと寄せて皺を作る明子に、牧野も「俺もよく判らねえよ」とぼやいた。

「もともと、あいつとは反りが合わねえからな。なにを考えていたんだか、俺には理解しきれねえ。ただ、沼田を、怒らせてでもやる気にさせたかったらしい。君島さんが大変なときにおかしなマネして、さらに困らせるようなことでもすりゃ、沼田も、意地くらいはみせてくれるかもしれねえって」

ますます困惑した顔で、明子はサラダを食べ始めた。
もしゃくしゃと、半ばやけを起こしたように、レタスやトマトを押し込んで、ひたすら頬張り続ける。

「なんで、そんなこと……」
「君島さんのためなら、自分に代わって、土建屋を仕切ってやろうって、ふんばってくれるんじゃないかってな」
「だから、なんで、そんなことを」

判るように説明してくださいと、焦れたように明子言い募る。


(騙されないんだからっ)
(牧野さん、ぜったい、まだなにか隠してるっ)


君島が絡むことに、この牧野が理解できないなどとそんな甘いことを言って、事をうやむやにしておくはずがない。
それくらいのことは、明子にも判る。
だから、洗いざらい吐き出すまで、ぜったいに引き下がらないだからと言う決意を込めて、明子は牧野を睨みつけた。
そんな明子に、牧野は仕方がないと言うように息を吐き出すと「ここだけの話だからな」と釘を差して、ある情報を明子に与えた。

「あいつ。四月に異動することになると思う。ほぼ決定」
「どこにですか?」

驚いたように目を見開いて、明子は箸を止め牧野を見た。
牧野は肩を竦めて、さらりと告げた。

「技術部」
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