リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「どした?」
「な、なに、……なにしてんですかっ バカっ、バカっ」
「バカってなんだ、バカって」

顔を真っ赤にして怒る明子に、昆布を食っただけだろ、訳が判らんという顔で、牧野は眉間に深い縦皺を刻んで抗議する。

「だってっ それ。あたしが食べていた」
「それがなんだよ」
「たから、牧野はデリカシーがないって言うんだよ、バカ」

背後からのその声に、明子は肩を思い切りびくんと跳ね上げ、驚いたように振り返った。
牧野は振り返ろうともせず、面倒なのが来たなという顔で、口をへの字に曲げた。

「いつから、いたんですか?」

眼鏡の奥の切れ長な目が、楽しそうにそんな二人を見ていた。

「小杉くんが、ひどいひどいと言っている声がしたから、なんだろうなって見てた」

そんなことを言いながら、島野は明子の傍らに立った。

「はい。お昼の差し入れ。食いしん坊に、お弁当を全部、食べられちゃったんだろ」
「あんたが食えと言ったんだろ」

楽しい遊びの時間を邪魔されて、ふてくされている子どものような態度の牧野に、島野は忍び笑いのような笑いを零した。
小さなケーキ箱のようなものを明子に差し出しながら、島野は当然のように空いている明子の右隣に座った。
なんだろうと、手渡されたそれを明子は開けてみる。
いったい、どこまで出かけてきたのか。
美味しそうな数種類の惣菜が、お洒落に箱の中に詰め込まれていた。


(君島さんにまで、色男と言わせるだけのことあるわね、やっぱり)
(私如きにも、こんなものを、涼しい顔で用意しちゃうんだから)
(そりゃあ、モテるはずだわ)


恐れ入ったという表情で、明子は「ありがとうございます」と、島野に礼を告げた。
ここで、入りませんと固辞してしまうのは、大人げなさすぎると、そう判断した。
そんな明子に、またくすりと笑いながら「ほら、炭水化物ばかりだと、バランスが悪いから」と言って、明子の手からするりとおにぎりを取り上げた島野は、おもむろにそれを一口食べた。
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