リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
自分のマガカップと君島の湯飲みを、明子は小さな半月型の盆に乗せて、給湯室へと向かう。
毎年、ゴールデンウイークの時期にやっている益子の陶器市と笠間の陶器市を、細君と二人で歩き回るのが恒例行事という君島の湯飲みは、益子の若手陶芸家の手による作品らしい。
手びねりでどうのこうのと、あれこれと蘊蓄を聞かされた記憶はあるのだけれど、聞き慣れない言葉だったため、あまり覚えていられなかった。
でも、白みがかった柔らかな色合いで、ぽっこりとした形の君島の湯飲みは、明子もいいなと思った。
そういう好みは、あんがい、自分と君島は似ているらしい。
君島も、明子の使っている私物の筆記具などを、これいいなと言うことがあった。

途中にある、自販機が置いてある休憩スペースのあたりから、人の諍う声がした。

「安藤くん。頼んでいたテスト仕様、できているならチェックアウトしてもらえないかな? いつまでたっても、確認もできないんだけど」

いつまで、休憩してるの?
咎める紀子に「うるせえな」と、苛立ったように舌を打ちながら、それでも、安藤は立ち上がったようだった。
紀子を睨みつけるようにしながらも、仕方ないという様子で、仕事へと戻るようだった。


‐こわーい。
‐いやねえ、ピリピリして。


そんな紀子を、からかい笑う女の子たちの声が聞こえる。

「休みの日に、一人で観劇だって。寂しくない?」
「どれだけ、友だちがいないのって感じ」

せせら笑い混じり香里と沙紀の会話に、げらげらと濁声のような柄の悪い笑い声も混じる。
その声に「余計なお世話よ」と、紀子は憤慨していた。
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