リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
そこは法人団体で、職員の平均年齢は54歳という、やや中高年者が多い客先だった。
そのためか、パソコンの操作に不慣れな者も多く、特に今日電話を入れてきた赤木(あかぎ)という職員は、その最たる人物だった。

請求書が突然出なくなったと言う赤木に、プリンターの電源が入っているかを確認してほしいと何度言っても、電源は入れたと言い張られ、仕方なく見に行くと、プリンターのコンセント自体が抜けてますよというオチだったり。
顧客一覧のタイトル位置がおかしいと言われ、そんなはずないですよとその一覧をファックスで送ってくれと頼んでも、個人情報だから出来んの一点張りで、仕方なく見に行くと、それは赤木が自分でエクセルを使って作った一覧だったなどというオチだったり。
そんな、少しばかりはた迷惑なエピソードがてんこ盛りの人物だった。

保守契約をしているのだから、パソコンに関することなら何度もやらせていいと思っているんじゃないかと、そう詰め寄りたくなるほど、何でもかんでも電話を入れて、人を、というか、ほぼ明子を呼びつけるということを繰り返す、明子的には要注意の人物だった。
ひどいときなど、お茶を零してクラッシュしてしまったノートパソコンを、納品書を出している間におかしくなってしまったと言って、呼びつけられたこともある。

呼びつけられるたびに、うっすらとこめかみに青筋をたてながら、引き攣り笑いを浮かべた顔で赤木に原因の説明をしている明子に「お茶にしましょう」と、ある女性職員が毎回そう声を掛けてきて、饅頭やらお団子やらを明子に出してきた。
当然のことながら、ありがたく、明子は毎回それは頂いてきた。
ここまで来たお駄賃だと、遠慮なく食べた。
それを見抜いたうえでの牧野の言葉に、うきーっと歯噛みしながら、明子は客先に向かい、案の定、ノートパソコンからネットワークケーブルが抜けていたという肩透かし的なオチに口元を引き攣らせ、その後いつものように勧められたおやつを固辞して帰社したときには、午後の就業時間は残り一時間ちょっとという時間だった。


『だったら、持っていって、みなさんで食べて頂戴』
『週末、温泉に行ってきてね、そのお土産のお饅頭なの』
『おいしいのよ、ここの』


そう告げられて、なぜか一箱丸々押し付けられた手土産を、明子からの報告に明子以上に憤慨している木村に渡し、それから今日の午後に予定していた資料作りを始めた結果、明子はこの時間の帰宅になった。
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