リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
厚揚げを四分の一。
しっかりと熱湯をかけて、油をきちんと抜く。

その間に、カップ一杯分の水に、顆粒状の出汁を入れて煮立たせる。
煮立ったところに厚揚げと、冷凍保存してある人参と、ざっくり切ったえのきを加えて煮る。

煮えるまでに、じゃがいもを半分、すり下ろす。

人参に火が通ったところで、酒と味醂、塩、醤油で味を整えてから、すり下ろしたじゃがいもを少しずつ加えながら混ぜていく。

ややとろみがついたら、火を止めて椀に盛る。
少しだけ、生姜を摩って乗せて。

ほい。
じゃがいものすり流しスープの完成。


(これは、手軽にできて楽なんだよね)


冷蔵庫を開け、厚揚げに目が止まって、久しぶりに作ってみようと思い立った。
じゃがいものとろみでいい具合に体も温まって、厚揚げが入っていることもあって、そこそこに満腹感も味わえる。
いろいろと重宝しているレシピだった。


(昔の杵柄、役に立ってるねえ)
(えへへ)


少し肌寒さを感じる夜。
同僚と少し飲んで帰ってきた彼に、何度か作ってやったものだった。
多分、その当時、本か何かで見たレシピを、明子なりに少々アレンジしたものだと思う。
口当たりがよく、温まるということで、時々、飲みたいなとリクエストされることもあった。
だから、いつの間にか封印してしまったレシピだった。
彼と別れたころは、作ろうとするだけで、泣きそうになっていたから。
だから、封印したレシピだった。
でも、今の明子は、それを自然に作れるようになっていた。
もう、レシピを封印する前のように、眦に涙は浮かばなかった。

誰もいない部屋で「おいしそうだよぅっ」と呟き、熱々のスープを盛った椀をリビングのテーブルに置いて、明子はテレビを点けた。

某高速道路のパーキングエリアの名物を紹介するというような内容の番組が映し出されて、タイミングが良いのか悪いのか、スープを啜っている間に見覚えのある薄皮饅頭が紹介された。


(一つくらい、食べればよかった)


手土産に貰った饅頭を思い出した明子は、ため息が吐く。


ー私は、あちらで頂いたから。


箱を持って饅頭を配り始めた木村が、明子にもその箱を差し出してきたので、喉から出そうな手を力ずくで引っ込めて、箱の中で綺麗に並べられている饅頭から目を晒した。

ふと視線を感じたような感覚に、その視線の元を探すと、人を小馬鹿にしてような笑いを浮かべて明子を見ている牧野と目が合った。

その顔が明子の脳裏に蘇った。
とたん、頭に血が上った。
がつがつと、厚揚げをこれでもかというまで咀嚼して、明子は飲み下した。


(牧野メ)
(ぜったいに痩せて、見返してやるんだから)
(昔のあっこちゃんに、戻ってやるっ)
(バカ)
(バカバカバカ)


意味もなく、バカの連呼をしながら、明子は心に浮かんだそのきれいな顔に、あっかんべーっと舌を出した。
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