リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
笑っている牧野の顔が。
拗ねている牧野の顔が。
怒っている牧野の顔が。
喜んでいる牧野の顔が。


次から次へと、閉じた瞼に浮かんでくる。
明子の心の中は、瞬く間に、牧野のことで溢れていった。


(このあたりの肉、落としたいなあ)


下腹部あたりを摩りながら、明子はそんなことを考えた。
造作なく掴めてしまう肉の塊にこぼれた吐息が、浴室で反響する。


(バストアップのマッサージとか、本にあったっけ?)
(脚も、細くしたいなあ)
(お尻、下がってないかな)
(背中のこの贅肉も、落とさなきゃ)
(腰のライン、きれいにしたいな)
(肉に埋もれている鎖骨、発掘しなきゃ)


一度気になりだすと、あそこもここもと、明子は自分の体が気になった。
牧野の気持ちなど、今でもなに一つ、判っていないのに。
これからだって、なにも変わらない二人なのかもしれないのに。
でも……。
それでも……。

綺麗になりたい。
綺麗と思われたい。

心の底から、そんな欲が沸いてきた。
それは、久しく忘れていた感情だった。

なりたいと思う自分を思い描きながら、なにか温かいものでも飲んで休もうと、明子はキッチンに立った。
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