リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
自分にも同じスープを買ってきていた牧野は、付属のスプーンでスープを口元に運びながら、明子にちらりと視線を送りつつ話しかける。

「資料、終りそうにないのか?」
「いやー。なんとか、形にはなってきたんで、大丈夫だと思います」

きっぱりとした口調で、そう自分の問いかけに答えた明子に、牧野は鼻からふぅっと息を吐き出した。


(あーあ)
(これはー、お説教だわね)
(面倒くさー)


そんなことを考えながらも、とりあえずご拝聴しますかねと、明子は身構えた。

毒舌トークの牧野には、怯むことなく臨戦態勢で挑めるものの、説教トークの牧野には、明子も素直に頭を垂れて、ひたすら反省するしかなかった。
上司として、部下にダメだしをしているのだ。
しかも、とても悔しいことに、それはずばりと的を得ている。
反論の余地など全くないほどに、牧野の説教は見事に的を射抜いた説教だった。
だから、大人しく聞くしかなかった。

「お前な。一応、主任の肩書きが付いているんだから、今週みたいに急な案件で出なきゃならねえときは、お前の裁量で木村とか渡辺あたりに急ぎの仕事は頼んでいけよ。あいつらが抱えている仕事と、お前のその仕事と、どっちが優先順位が高い野方くらいは、判断できるだろう」
「はい」
「そうやって、一人で全部、抱えようとすんな。昔っから、お前は人を頼らないで、自分の仕事はなにがあってもきっちりとやり遂げてきたし、それが悪いとは言わねえよ。でもな、これからは人を使うことも覚えねえと、やっていけねえぞ?」

訥々と、至極もっともなことを明子に諭し聞かせる牧野に対して、言い返せる言葉など明子には一つもなく、ただ「すいません」と素直に頭を下げた。


(やっぱ、こんなんでも上司だわね)
(一見長所にも思える私の欠点を、ちゃんと見抜いてるわ)


明子は、ひとつ、ふうっと息を吐き出した。
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