リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
なにもかも、牧野の言うとおりだった。
木村にでも渡辺にでも、きちんと指示を出して、この仕事を任せていけば、こんな時間まで一人で働いていることなどなかったのだ。
(これ、頼んでいこうかな)
客先に出向く準備をしながら、隣の木村にちらりと目を向けて、そんなことを明子も考えた。
でも、けっきょく、頼んでいくことができず、そのまま会社を出た。
そんなことを、ずっと、繰り返していた。
今週は牧野の指示で、やたらと予定外の仕事が入り、忙しなく外を飛び回っていたけれど、あんがい、明子が上司として彼らを使っていけるかどうかを試されていたのかもしれないなと、そんなことをスープを啜る手を止めて明子は考えた。
子どもの頃からそうだった。
人に何かを頼むことが、明子はとにかく下手なのだ。
人に任せるなら、自分でやってしまおう。
そう考えてしまうのだ。
そんな明子を責任感が強いと評する者もあれば、意地っ張りと鼻を鳴らす者もある。
自分では、融通の利かない頑固者。
そんなふうに思っている。
自覚している欠点なだけに、牧野の言葉に対して、明子には反論などできようもなかった。
負けを認めたように、明子はただ唇を噛み締めた。
そんな明子の様子に、牧野はこれ以上言うことはないと言うように口を噤み、ちらりと時計を眺めるとやや考え込んでから口を開いた。
「それを食ったら、今日はもう帰れ。なんか、事故かなんかあったらしくて、バスが定刻通りに走ってねえらしいぞ。電車の終電を逃すと、面倒だろう」
訥々とした口調から、いつもの軽妙に口調に変わって告げられたその言葉に、明子は「ええっ?!」と、驚き慌てふためいた。
「マジで?」
「おい。仮にも上司に、マジでってなんだ」
神妙な面もちから一転して、いつもの明るさを取り戻した明子の顔と声に、牧野は苦笑を浮かべる。
「いや。まあ。それはそれとして。ご忠告に従って、さっさと帰ります」
冗談じゃないと、明子は慌てふためいた。
ここから家までタクシーなんて使ったら、一番高額の紙幣が、確実に一枚減ってしまうという現実に、悲鳴が出てしまいそうだった。
(そりゃ、確かに、使うために財布に入っているお金だけれど)
(でもね、だからといって躊躇いなく、使えるわけじゃないんだからね!)
わたわたとスープを喉の奥に流し込んで「ご馳走様でした」と、もう一度そう牧野に礼を告げ、あたふたと明子は会社を飛び出した。
そんな明子の後ろ姿を黙って見送る牧野の表情は、なにか苦いものを飲み下しているようだったが、明子はそんなことさえ気づかず、会社を飛び出していった。
木村にでも渡辺にでも、きちんと指示を出して、この仕事を任せていけば、こんな時間まで一人で働いていることなどなかったのだ。
(これ、頼んでいこうかな)
客先に出向く準備をしながら、隣の木村にちらりと目を向けて、そんなことを明子も考えた。
でも、けっきょく、頼んでいくことができず、そのまま会社を出た。
そんなことを、ずっと、繰り返していた。
今週は牧野の指示で、やたらと予定外の仕事が入り、忙しなく外を飛び回っていたけれど、あんがい、明子が上司として彼らを使っていけるかどうかを試されていたのかもしれないなと、そんなことをスープを啜る手を止めて明子は考えた。
子どもの頃からそうだった。
人に何かを頼むことが、明子はとにかく下手なのだ。
人に任せるなら、自分でやってしまおう。
そう考えてしまうのだ。
そんな明子を責任感が強いと評する者もあれば、意地っ張りと鼻を鳴らす者もある。
自分では、融通の利かない頑固者。
そんなふうに思っている。
自覚している欠点なだけに、牧野の言葉に対して、明子には反論などできようもなかった。
負けを認めたように、明子はただ唇を噛み締めた。
そんな明子の様子に、牧野はこれ以上言うことはないと言うように口を噤み、ちらりと時計を眺めるとやや考え込んでから口を開いた。
「それを食ったら、今日はもう帰れ。なんか、事故かなんかあったらしくて、バスが定刻通りに走ってねえらしいぞ。電車の終電を逃すと、面倒だろう」
訥々とした口調から、いつもの軽妙に口調に変わって告げられたその言葉に、明子は「ええっ?!」と、驚き慌てふためいた。
「マジで?」
「おい。仮にも上司に、マジでってなんだ」
神妙な面もちから一転して、いつもの明るさを取り戻した明子の顔と声に、牧野は苦笑を浮かべる。
「いや。まあ。それはそれとして。ご忠告に従って、さっさと帰ります」
冗談じゃないと、明子は慌てふためいた。
ここから家までタクシーなんて使ったら、一番高額の紙幣が、確実に一枚減ってしまうという現実に、悲鳴が出てしまいそうだった。
(そりゃ、確かに、使うために財布に入っているお金だけれど)
(でもね、だからといって躊躇いなく、使えるわけじゃないんだからね!)
わたわたとスープを喉の奥に流し込んで「ご馳走様でした」と、もう一度そう牧野に礼を告げ、あたふたと明子は会社を飛び出した。
そんな明子の後ろ姿を黙って見送る牧野の表情は、なにか苦いものを飲み下しているようだったが、明子はそんなことさえ気づかず、会社を飛び出していった。