リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「返事が、ねえだ?」

眉をひそめる小林に、牧野は少しだけばつの悪そうな顔をした。

「……まだ、気づいてないのかもしれませんけど」

顔をくしゃりとさせて、やや弱気な声でそう言う牧野に、小林は盛大なため息をついた。

「お前なあ、どうせまた、判りづらい面倒な言い方したんだろ」
「んなこと、ないですよっ 判りやすく伝えましたよっ ただ、まだ、……本人、気づいていないかもしれませんけど」

言葉尻は、最初の勢いはなく弱々しい呟きになったが、それでも、牧野は伝えましたと、やや甘えが混じった拗ねたような声でそう言い告げた。
君島と小林は目を見合わせ、互いに牧野の言葉を怪しむような表情を浮かべあいながら、首を傾げあった。

そのとき、会議室の外から甲高い人の喚き声のようなものが聞こえ、怪訝な顔つきになった小林が時計に目を向けて、うんざりとした顔で肩を落とした。

「ありゃ、ヒメさんのキンキン声だよな」
「多分な」
「あの喚き方は、ケンカ売ってるんだよな」
「多分な」
「こんな朝っぱらから、元気なヒメさんだな」
「ちと、助けてやれよ」

誰をとは君島は言わないが、それでも誰の援軍をしてやれと君島に頼まれたのかは、小林にも伝わった。

「んじゃ、先に戻るわ、俺は」

コーヒー、ごちそうさん。
いつもの飄々とした声でそう牧野に告げた小林は、そのまま会議室を出て行った。

君島と二人きりになった静かになった室内で、そろそろ自分も出ようかと腰を浮かしかけた牧野に、君島が「なあ」と呼び止めた。

「はい」
「母親のこと、お袋殿には伝えてやれよ」

ぽつんと呟いたようなその言葉に、牧野の顔は見る間に強張っていく。
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