リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
子どもの牧野にとって、大人は恐怖の象徴だった。
母親の金切り声が、牧野の名を呼ぶたび。
母親が連れてきた男たちの手が動き、足が動くたび。
殴られる、蹴られると、そう怯える体で身構えていた。
初めて、殴ることも蹴ることもしなかった優しい顔をした男には、それと劣らぬ酷いことされてきた。

消えた母親に代わって、今日からあなたの母親になると言って現れた女と、その女と一緒にやってきた手の大きな男も、幼い牧野には怖くてたまらない存在だった。
けれど、彼らは違った。
彼らにとっては血の繋がった我が子であり、牧野にとっては血縁上では従兄弟になる少年に、彼らがそれまで注いできたものを、彼らは牧野にも惜しむことなくそっくりと注ぎ、彼らの息子と同じように、叱って、褒めて、抱きしめてくれた。
少しだけ血の繋がった大人の女と、赤の他人の大人の男は、ゆっくりと、根気強く、人の温かさと優しさを牧野に教えて、いつしか二人は、牧野にとっての母親と父親になってくれた。
その父親のようになればいいのだと言う君島の言葉に、牧野は顔をやや俯かせ、唇を噛み締めた。


(自分は、あの人のようになれるだろうか)


そんなことを牧野は考える。
牧野の中のそんな迷いに気づきながら、君島はそれには触れず違う話を続けた。

「俺のところは、子どもができなかったからな。結婚して七年目にやっと授かったその子は、この世に生まれてくることができなかった」

暗い目で、遠くを見つめるような目をした君島が、そんなことを語り出した。
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