リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
一人、社内に残っていたその後ろ姿に、牧野は労いの言葉の一つでもかけてやろうとして、手元にあった携帯電話を見て憮然となった。
残業していてあいつとメールなんかしているくらいなら、さっさと帰れと思った気持ちが、そのまま言葉になって、牧野の口から突いて出た。

しゅんとしてしまった明子を見て、また言い過ぎたかなと思ったら、そのまま、牧野は明子に背中を向けてしまった。
ポンポンとモノを言いやすいから、明子には、つい、きついことも言ってしまう。
いくらでも許し甘えさせてくれるから、明子にはつい遠慮なく甘えてしまう。
そして、度が過ぎて、その場をどうやって繕えばいいのか判らなくなると、牧野はいつも明子に背中を向けてしまう。
いつも。
いつでも。
そうしてきてしまった自分に対する嫌悪感も沸いて、どうすることもできない気まずい思いが胸にあふれ、けっきょく、牧野は明子に背を向けたまま、その時間をやり過ごした。

ややあって、帰った様子もなく、けれど、静かな明子が気になって、牧野は振り返り




頭の中でパニックが乱舞した。



(なんで)
(なんで)
(なんで、今だよっ)
(なんでだよっ)
(なんで、ここでだよっ)
(バカ)
(バカ)
(バカ)
(バカ)
(バカヤローッ)


自分でも八つ当たりだと判る、そんなどうしようもない悪態をついて、牧野はまたそのままくるりと明子に背を向けた。
どうしても、面と向かって気持ちを伝えることが怖かった。


ごめんなさい。
無理です。


もしも、目の前でそう言われてしまったら、自分が冷静でいられる自信がなかった。
だから、そんな手段を取ってしまった。
小林あたりにバレようものなら、お前は女子高生かと指を指されて笑われそうだが、それでも、紙に書いて渡すことが、牧野にとっては精一杯のことだった。
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