リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
昔から、整った顔立ちをしている人だった。
男性に『容姿端麗』という言葉を使うのも如何なものかと思いながらも、それでも『眉目秀麗』というより『容姿端麗』という言葉のほうが、牧野には似合っていた。
ひとたび喋り出してしまうと、その言葉はびっくりするほど悪いし、粗野な印象を与える行動も多いし、それよりなにより、好きな食べ物を前にしたときのその食い意地は、周囲の者たちをただただ呆れさせ、牧野に儚い幻想を抱いて近づいてきた女性たちは、皆、がっかりとした顔で退散していった。
明子には、むしろそういう牧野のほうが近寄りやすく、気楽に接することができたのだが、そんな牧野に幻滅してしまう者も少なくなかったことも知っている。
自分のなにかに落胆しているような者たちを見て、牧野は不思議そうに首を傾げていたけれど、あんがい、それを判っていてやっているのではないと感じる節もあった。
実家の手伝いをしていると写真を撮られることがあると、本人はそれを謎だと言わんばかりの顔で口にしていたけれど、本当は本人もそれを判ったうえで、客をからかっているんじゃないのかしらと、不謹慎にもそんなことを明子は思ってしまった。
牧野には、そういう人の悪さがあるのだ。昔から。
きれいと言われる女性的な雰囲気もあるその顔を、これでもかというほど醜くしかめて盛大に嫌がるけれど、自分の容姿が人にどう思われているかを承知の上で、それを利用して人をからかうようなところが、牧野にはあった。
たいていは、その期待を裏切るようなことをして面白がっているのだが、その反面、今夜のように突然あんなことを仕掛けては、欲しいと狙った女性を落としてきたのかと思うと、明子の複雑な心境だった。
昔、笑って隣にいたところは、牧野は決して、明子に対してそんな一面を見せることはなかった。
だから、そんな牧野に出会ってしまうと、どうしていいか判らず、明子は固まってしまう。
弾けるときはすごいと、君島も小林も笑っていたし、島野も明子の知らない牧野の一面を知っているような口ぶりだった。
自分の知っている牧野と、彼らの知っている牧野は、決して同じではないということを、今夜のことで明子は思い知らさせた気分だった。


(この顔で、あんなふうに抱きしめて、あんなこと言うなんて)
(何度されても、反則にか思えないわ。もう)


明子は頬を膨らませた。
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