リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
『お休みのところ、すいません。牧野です』
「おはようございます。小杉です」
平素の口調とは全く違う、別人としか思えない営業仕様になっている牧野の口調に、明子は深いため息がこぼれ出そうになるのを堪えた。
(どこの客先かなあ)
(洗濯物くらいは、干していけるかなー)
(というか、帰ってこられるかなあ)
がっくり項垂れながら、明子は勘弁してほしいなあと、牧野に聞かれないくらいの小声でぼやいた。
『今、大丈夫か?』
潜めた声で、それでも普段の口振りで明子の状況を確認する牧野に、明子は「はい。大丈夫です」と答えた。
「どっか、トラブりましたか?」
『バカ。縁起でもねえこと言うな。このうえ、バグまで出てこられてたまるかってんだ』
あっさりと、いつもの砕けた口調に変わった牧野に、明子もつい声を尖らせた。
「で、そのバカに、こんな朝からなんのようですか?」
気持ち唇を尖らせて、明子はその用向きを牧野に尋ねた。
(バカとはなによ、ごあいさつね)
(仕事の話じゃないわけ?)
せっかく、美味しそうにできあがった朝ご飯を前に、ふわりと舞い上がり始めていた気持ちが、トゲトゲしたものになってしまいそうだった。
そんな明子に「そう、尖るなよ」と、牧野は苦笑混じりの声で言いながら、用件を切りだした。
『月曜なんだけどな、悪いが、君島課長の代わりに打ち合わせに出てくれ』
予想もしていなかったその展開に、明子は首を傾げた。
(君島さん、今、なんの案件を抱えていたっけ?)
(というか、なんで、あたしよ? よその課の仕事なのに)
(前にあたしが関わっていたところ、かな?)
脳内メモリーをフル稼働させて、情報を検索している明子の気配が伝わったらしい。
牧野が「あそこだ」と吐き捨てるように言い、答えを告げた。
『三馬鹿兄弟の土建さん』
「うげぇっ」
思わず、心の底から勘弁してという悲鳴があがる。
『お前な』
「すいません。っていうか、牧野さんだって、仮にもお客様を三馬鹿兄弟って」
『うるせっ 君島課長のご尊母が亡くなられたんだ。多分、一週間か、十日。休むことになる』
またもやの想定外の牧野の言葉に、明子は喉まででかかっていた憎まれ口の言葉を飲み込みんだ。
牧野の声のトーンも、いつものそれを許すようなものではなかった。
「ご葬儀は? 今日ですか? お手伝いに」
『君島課長の実家、富山なんだ」
今にも家を飛び出していきそうなそんな明子の気配を察した牧野の声が、明子を止めた。
『明日が通夜で、明後日が告別式なんだけどな。さすがに、全員で参列するには、ちょっと遠いからな。ウチからは、君島課長の班から数人と、部課長クラスの何人かが、向こうに行って参列するってことで決まった』
「そうですか」
『本当は、打ち合わせの日程をずらしてもらいたいところなんだけどな。でも、あそこはもう、これ以上後ろにずれ込んじまうとまずいからな』
「確か……、まだ、概要設計にも入れていないんでしたよね?」
『おう。さすが三馬鹿の会社だよな。毎回毎回』
またもや、吐き出すようにその言葉を口にした牧野を、しかし、今度は明子も止めようとは思わなかった。
「おはようございます。小杉です」
平素の口調とは全く違う、別人としか思えない営業仕様になっている牧野の口調に、明子は深いため息がこぼれ出そうになるのを堪えた。
(どこの客先かなあ)
(洗濯物くらいは、干していけるかなー)
(というか、帰ってこられるかなあ)
がっくり項垂れながら、明子は勘弁してほしいなあと、牧野に聞かれないくらいの小声でぼやいた。
『今、大丈夫か?』
潜めた声で、それでも普段の口振りで明子の状況を確認する牧野に、明子は「はい。大丈夫です」と答えた。
「どっか、トラブりましたか?」
『バカ。縁起でもねえこと言うな。このうえ、バグまで出てこられてたまるかってんだ』
あっさりと、いつもの砕けた口調に変わった牧野に、明子もつい声を尖らせた。
「で、そのバカに、こんな朝からなんのようですか?」
気持ち唇を尖らせて、明子はその用向きを牧野に尋ねた。
(バカとはなによ、ごあいさつね)
(仕事の話じゃないわけ?)
せっかく、美味しそうにできあがった朝ご飯を前に、ふわりと舞い上がり始めていた気持ちが、トゲトゲしたものになってしまいそうだった。
そんな明子に「そう、尖るなよ」と、牧野は苦笑混じりの声で言いながら、用件を切りだした。
『月曜なんだけどな、悪いが、君島課長の代わりに打ち合わせに出てくれ』
予想もしていなかったその展開に、明子は首を傾げた。
(君島さん、今、なんの案件を抱えていたっけ?)
(というか、なんで、あたしよ? よその課の仕事なのに)
(前にあたしが関わっていたところ、かな?)
脳内メモリーをフル稼働させて、情報を検索している明子の気配が伝わったらしい。
牧野が「あそこだ」と吐き捨てるように言い、答えを告げた。
『三馬鹿兄弟の土建さん』
「うげぇっ」
思わず、心の底から勘弁してという悲鳴があがる。
『お前な』
「すいません。っていうか、牧野さんだって、仮にもお客様を三馬鹿兄弟って」
『うるせっ 君島課長のご尊母が亡くなられたんだ。多分、一週間か、十日。休むことになる』
またもやの想定外の牧野の言葉に、明子は喉まででかかっていた憎まれ口の言葉を飲み込みんだ。
牧野の声のトーンも、いつものそれを許すようなものではなかった。
「ご葬儀は? 今日ですか? お手伝いに」
『君島課長の実家、富山なんだ」
今にも家を飛び出していきそうなそんな明子の気配を察した牧野の声が、明子を止めた。
『明日が通夜で、明後日が告別式なんだけどな。さすがに、全員で参列するには、ちょっと遠いからな。ウチからは、君島課長の班から数人と、部課長クラスの何人かが、向こうに行って参列するってことで決まった』
「そうですか」
『本当は、打ち合わせの日程をずらしてもらいたいところなんだけどな。でも、あそこはもう、これ以上後ろにずれ込んじまうとまずいからな』
「確か……、まだ、概要設計にも入れていないんでしたよね?」
『おう。さすが三馬鹿の会社だよな。毎回毎回』
またもや、吐き出すようにその言葉を口にした牧野を、しかし、今度は明子も止めようとは思わなかった。