リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
目が覚めた。

カーテンの向こうのほんのりとした明るさが、朝が近いことを明子に教えていた。
ぼんやりとした明子の頭に、今まで見ていた夢が、まだ鮮明に焼き付けられていた。


(そうだ)
(あの日のあれが、きっかけだった)


思い出したその事実に、明子は知らず息を吐き零した。

姉に対する、何があっても拭えない強い苦手意識は、あの日、父親と母親から受けた無神経な言動によって、幼い明子の胸に芽生え根付いていったものだった。
父を苛立たせるほど、長い買い物をしていたのは姉だ。
母を振り回し、困らせていたのは姉だ。
でも、そんな苛立ちも焦燥も、ぶつけられたのは明子だった。
姉ではなく。
明子だった。
いつでも、姉が彼らに抱かせた悪感情を受け止めさせられてきたのは、明子だった。
そのことに気づき、姉に対して割り切れない思いを抱くようになった。
 
そのまま、ブラックホールのような暗闇に飲み込まれていきそうな感覚に、明子はもう忘れようと自分に言い聞かせた。


(バカね)
(今更でしょう)
(あんな、子どものころのこと)


そう言い聞かせながら、明子はあることに、はたりと思い至ってしまった。
立ちあがり、クローゼットを開ける。
舞台を見に行く日に掃いていくと決めている、スカート。


(そうか)
(諦めることができなかった、このスカートへの執着の根っこは、あれだ)


思い至った原因に、また、ため息が零れる。
あの日に受けた小さな痛みは、案外、大きいものだったんだと、今更ながらに明子は気が付いた。


(起きるには、まだ早いわね)
(もう少し、寝よう)


そう思い、頭から布団の中にまた潜り込んだが、そんな思いとは裏腹に、目はどんどん冴えていった。
このまま眠ることなど許さないとでもいうように、目が冴えていく。
仕方ないと眠ることを諦めた明子は、ベットをそろりと抜け出た。
夜明け前の空でも眺めようかと、カーテンを引きながら、ふと、そのカーテンに目が止まる。
姉の趣味がそのまま反映されているような、可愛らしいカーテン。
私には選ぶことのできない、可愛らしいカーテン。
また、ため息が零れた。


(小さいころ)
(小学生になるか、ならないかくらいのそんな子どものころは、それでも、それなりに仲のよい姉妹だったはずなのにな)
(今は、遠い人になっちゃったわね)
(笑いあうことも、喧嘩することもできない、遠い、人)




ため息が、こぼれた。
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