キスはおとなの呼吸のように【完】
大上先輩は「ふう」とひとつ息を吐き、わずかにずれためがねをなおした。
こぶりな銀縁めがねとこぎれいにととのえられた短髪のあいだのひたいには、まえ髪がふた筋、計算されてななめのラインを走らせている。

わたしはその場で立ちあがり、じんじんと重さの残る両手をふった。

「重かったろ、袴田。平気か」

来年で三十になる大上先輩がわたしを見あげ目をほそめて笑う。
先輩の目じりには、透明なカラスがちょこんと足跡を残していた。
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