それから。〜不機嫌な先輩と不器用恋愛〜
「いや、違う。本当は……描けるかも、って一瞬思えたんだ」
「え?」
「俺、実は人が描けなくてさ。
人物を描く時って、当たり前だけど、モデルと向き合わなきゃいけないだろ?あれが……苦痛でさ。なんか得体の知れないものと向き合わなきゃいけない気分っていうか……それが、なんか怖かった。
けど、お前ならって……」
先輩は、かき上げた髪を掴んでいる。
「まあ、結局は、やっぱり影みたいなものしか描けなかったんだけどな」
そう言って、自嘲気味に笑った。
初めて先輩に出会った時のことは鮮明に思い出せる。
強引で、口が悪くて、印象がすごく悪かった。
そう。
そして、わたしが手のモデルをした絵。
手なんて全然鮮明に描かれていなくて、ぼんやりとした影があっただけだった。