夜嵐
0.序章
人間の社会には理解できない事柄が存在する。
何かしらの仕事に対して、評価される者、或いは評価されない者。
好かれる者、好かれない者。
健康な者、不健全な者。富がある者、ない者。
つまり、我々の世界ではYES/NOで構成された世界なのかもしれない。

それは言葉でも、行動でも、心理でも説明がつく。
『中身』に意味がない。
重要なのはYES/NOである。

「とりあえず、考えておく」

俺と向かい合わせで座る男が頬を擦りながら言った。
私はX会社のゲストルームに来ていた。
私と取引先の男が向かい合って座っている。
部屋の一室を、仕切り板のような物で囲み、社員と訪問者とで話し合いを行う場所を設けている。
私達以外にも何組かが、この部屋に居る。
案内された時は一組だったが、終わる頃には3組になった。

「かしこまりました。それでは後日、伺わせていただきます」

俺はお辞儀をして、その場を離れようとした。
深々と座っていたソファーから、重い腰を上げ、鞄を右手に持ち、一礼した。
顔を上げると、男も一礼を行っている途中だ。

「今後とも、よろしく頼む」

男は顔を上げた後、俺に話しかけてきた。

「こちらこそ」

愛想笑いで返事をした。

「それでは失礼します」

俺は男に背中を見せ、その場を離れようとした。
来た道は覚えている。
部屋を出て、長い廊下を直進し、突き当たりを右に曲げればエレベータだ。
そこから1階に下りればいい。
頭の中で、次の行動を考え、実行する。
エレベータ前に着き、下の階へのボタンを押した。
扉の上を見ると、現在は22階。
この階は3階だから、少し時間がかかりそうだ。
俺は腕時計で時間を確認した。
現在16時30分。
会社に訪問してから2時間が経過していた。

「はぁ~・・・」

溜息をついた。
もう少し早く終わるはずが、あの男のせいで時間を取られた。
だいたい、あの男にはYES/NOを決断する力がないのだ。
言い換えれば、頭の回転が追い付いていないのかもしれない。
だが、我々の世界では全ては一瞬で決まるのだ。
再度、エレベータの液晶を見上げた。
現在4階停止中。
俺はスーツの内ポケットから携帯を取り出した。
着信は来ていない。
アイツも時間がかかっているようだ。
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