優しいなんて、もんじゃない
PM 21:00「魅了」
―――集中して聴いていない限りは、気付かれない程のミスタッチが今日は多い。
深呼吸も上手く出来ない。息が詰まる感覚、自分の中で消化不良な緊張感がぐるぐると渦巻き支配する。
本日ラストの演奏時刻が迫ってきている。思い出すのは、昼の出来事。
滝菊名、若き天才ピアニストが私の演奏を聴きに来る。そう思うと指が震えてしまい、頭に入っていたメロディーがぶちぶちと途切れ消えてしまうのだ。
私が、誰よりも憧れるピアニスト。
あの人の指は、まるで魔法でもかかったように楽しそうに鍵盤を跳ねる。明るい曲調、時には暗い曲調、それぞれの特徴を掴み彼にしか出来ない表現で人々を魅了する。
私も、そんな彼の演奏に魅せられた一人だ。
と。
「優ー、ラストお願いよ。」
弥生さんの声が私の名を呼ぶから、一度びくりと肩を跳ね上げてしまう。