優しいなんて、もんじゃない



さらり、揺れる柔らかそうなブラウンの髪に優しい表情。あの顔が、ピアノを弾くときになると凛々しいものへと変わる、その瞬間に目を引かれた。


純粋な憧れ、彼みたいにピアノを弾きたいと。そう思って今まで弾いてきた。



治まり始めていた心臓の働きがまた活発になる。胸が苦しくなり、脂汗が額に滲む。



嗚呼、もうどうにかなりそうだ。こんなに緊張した事なんて今までないから尚更。




視線を固定させて、瞬きさえも忘れる私に彼はにっこりと微笑む。



「こんばんは優ちゃん。」

「っ、たきさん…?」

「演奏、聴きに来たよ。」



そう言いまた綺麗に笑った滝さんは、一度私から視線を逸らしてカウンターに向ける。

そして、ぺこりと小さく頭を下げて―――少し、寂しそうに微笑んで見せた。



「お久しぶりです、弥生さん。」

「え……、菊!?菊名じゃない!」

「はい。元気そうで、何よりです。」

「ここ開店した時以来じゃない!あんた全然顔見せないし…。若き天才ピアニストは多忙なのかしらね?」

「はは、すみません。」



< 102 / 140 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop