優しいなんて、もんじゃない
カウンターへと歩み寄る滝さんの後ろ姿を見つめながら、私は、あの笑顔に見覚えがあるなんて意識の隅で考えていた。
嗚呼――――、確か…
『尼崎さんって、彼氏いないの?』
『なーに河井さん。私に惚れちゃったりしたの?』
いつかの、夜だったか。少しお酒がまわり頬を微細に赤くする河井さんが、唐突にそう弥生さんへ問いかけた。
にやりと笑い、からかうような口調で河井さんの質問を躱す弥生さん。
実は、私もその手の話を弥生さんとしたことがなく良く知らなかった。グラスを拭きながらも、意識は2人の会話へ。
『単純に、気になったんですよ。』
『ふーん?…まあ、いないけどね。』
『好きな人もいないんですか?』
そこで、弥生さんは視線をグランドピアノへと向け切なそうに眉を下げた。
そして、寂しげに、それでもってグランドピアノに゙愛しい者゙を重ねて見ているような瞳。