優しいなんて、もんじゃない
自然に指が鍵盤を叩き始め、頭の中にある五線譜の上を走る。
無意識に弾き始めた曲だったから、今やっと気付いた。私が弾く曲は、滝さんの演奏を初めて聴いたときに彼が弾いていたもの。一番練習した曲だった。
シンプルな曲調だが、タッチが非常に独特で。滝さんが編曲したバージョンはそれの難しさがさらに増すが、綺麗なのだ。
憧れと緊張から、弾き始めた曲が弾き終わるまで。誰も言葉を発することはなかった。
私自身、とにかく一生懸命で。最後まで弾くことにだけ意識を投じていた。
フィニッシュ、自分の中でそう呟き楽譜全ての音符を追いかけ終わった私は鍵盤からゆっくり手を離して息を吐き出した。
これほどにまで、空気を求めていたことなんてないと思う。暫く息を止めていたかのように、胸が苦しい。
久しぶりに感じることの出来た達成感というやつに、つい笑みが漏れてしまう。
と。
「お疲れ様。」
「ッ―――…、滝さん、」