優しいなんて、もんじゃない
PM 22:08「過去」
弥生さんがウォッカの注がれたグラスをゆっくりと回せばカランと氷がグラスとぶつかる音がした。
静かにそれを一口喉に流し込み、溜め息にも似た小さな息を吐き出した彼女の目は寂しげに揺れていた。
「…菊は、やっぱり昔からピアノの才能があった。」
聴く者を惹き付ける、音色。自由に遊ぶよう鍵盤を跳ねる指。
――――そんな滝さんと、弥生さんが出逢ったのは高校1年の時。
美月さんと元々知り合いだった滝さんが、彼女の友人の弥生さんに一目惚れしたらしい。
以外に熱かったらしい滝さんのアタックに、初めは断っていた弥生さんも根負けしたらしく。2人の付き合いが始まった。
が。
「―――菊の存在は、私にとって大きなものになっていったけど。それに伴ってどんどん遠くなったわ。」
普通科の弥生さん。音楽科の特待生だったらしい滝さんとでは、その未来に差がありすぎた。
それは、手に取るように分かって。
弥生さんは、自分の幸せより滝さんの夢を選んだ。