優しいなんて、もんじゃない
何を馬鹿な想像をしているんだ、と自分に嫌悪を抱きながらピアノの鍵盤を指で撫ぜる。
失うモノ、それが分かったとき。私はどんな行動をとるだろうか?
弥生さんの気持ちは、きっと彼女にしか分からないし。滝さんの気持ちも私には分からない。
それが分かるようになった時、私の手元には何が残っているのだろうか?
「(……まあ、)」
私が失うものの中にあいつが含まれることは、まずないだろうけど。
真意が見えない(変態)不審者と色恋沙汰なんて、皆目見当もつかないから。
後から思い出したけど、結局私はこのバーにピアノがある理由を聞けてはいなかった。
まあ、それは聞かなくても2人の過去を少しでも知れただけで。彼女の涙を見ただけで。
もう、分かった気がするから聞かずにおこう。
ピアノはきっと、遠くなる滝さんへの想い。
弥生さんの心は、高校時代から何も変わっていない。
たった一言、
言えない「゙ ゙」を胸に閉じこめたまま。
ピアノを、滝さんの代わりに。