優しいなんて、もんじゃない
楽譜とにらめっこしながら鍵盤を叩く。簡単というわけではないけれど難しくもない。
どちらかと言えば、優しい。弾きやすい。
それより、この曲の曲調――――――――…
「……綺麗な歌、」
「ありがとう。」
「ッ、」
囁いた言葉に返された声は、私の耳元で鼓膜を叩く。それも特別甘い。
俊敏に距離を取ろうとしたため、椅子から落ちそうになってしまう。それを「おっと」なんて笑って支えてくれた男。
ありがとう、と実際言わなければならないのだけれど。悪いのは突然人の耳元で話すコイツだ。
「すごい、もう弾けてんじゃん。」
「……間違ってない?」
「バッチリー。」
へらりと笑って人差し指と親指で輪っかを作った男は私が座る椅子の横に座り込む。
何となく、分かったのはこの男顔が見られたくないんだと思う。