優しいなんて、もんじゃない



だから帽子も取らないし、覗き込まれる位置には絶対つかない。

見下ろさなければいけない位置にしか、男はいない。



まあ、どうだっていいんだけど。




「…弾いてよ。」



男が、私の着ているシャツの裾を引っ張ってくる。ねだるような声色が気持ち悪い。



一瞬、静かになる店内には私の鍵盤を叩き奏でる音色が心地よく響く。





と。

男は、嬉しそうに自分が作った歌の歌詞を私が弾くピアノにのせて歌い始めたのだ。



「(…コイツ、)」

やっぱり歌手なんじゃないだろうか。




男が自身の声で奏でる音達は、繊細でとても綺麗。ついうっとり聴き入ってしまいそうになるそれは美声と呼ぶに相応しい。


その声には男性特有の低さもあるが、やはりこの男の場合艶やかさが勝る。



――――羨ましい、なんて感情を人に覚えたのは初めてだ。




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