優しいなんて、もんじゃない



それを聞いて、男は驚いたというように目を見開きながら浅く笑った。


ピアノは趣味だ。上級者物の楽譜は一応弾けるけど、音大に入れるまでの技量ではない。




今は普通に大学を出て、何か職に就ければいいかななんて考えてる。


何とも、浅はかだ。自分の未来についてちゃんと考えていないんだから。



「……アンタは、本当に歌手じゃないの。」

「違うよ。」

「……声…、」

「ん?」

「…綺麗だね。」




率直な感想だった。普段人を褒めることなんてしないし、記憶上にもあまりない私。だって、何だか恥ずかしいじゃないか。


それなのに、この男の歌声にはつらりと言葉が紡ぎ出された。




ありきたりな筈のバラードなのに。

他と何か違うものを感じた。その゙何ががなんとなく、ほんとうっすらとだけど分かった気がする。




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