優しいなんて、もんじゃない
「ちょ、おつり!」
「優が好きなものに遣って。」
「そんなこと、出来ない…!」
振り向きざま、口元だけは男が微笑んでいるのを確認できる。
が。
男は直ぐに踵を返してドアノブへと手をかけた。
「っ、…ユウ!」
取り敢えず呼び止めなければ、と焦った私の口からは。流れるようにそれが紡がれた。
男は弾かれたように振り返ると、口角をゆったりと緩ませ
「初めて、名前呼んでくれた。」
そんなことを、嬉しそうに言うから言葉に詰まってしまう。
名前を呼んでいなかったのはわざと。何だか、呼んじゃいけない気がしたんだ。
目を見る見ないに続いて名前まで、私の勘ぐり深さにもほとほと呆れる。
それが、今、思わずという形で言ってしまった。一歩、何かとんでもないことへ歩み寄ってしまった気がしてならない。