ベニとでも名付けよう
また無言の時間が始まる。
爽やかすぎる風の音と絶妙に心地いいバスの揺れが二人を別世界にいざなう。
自分が自分であることを少し忘れちゃう。
それぐらい外の景色と私は溶け合っていた。
バスの窓にもたれ掛かった母が久しぶりに口を開いた。
「お父さんも連れて来たかったな。」
それは不意に溢れだした言葉だった。
母の口から父の話が出たのは記憶にない。
きっと初めてだろう。
母のその言葉で私は改めて私には父がいたということを思い出した。
私にとって父はそれぐらいなもんで、だけど母にとっては愛する人なんだ。
なんだかわからないが少し切なくて、少し父に嫉妬した。