高天原異聞 ~女神の言伝~

 台所で結わえたのか、先ほどまで長くたらしていた髪が、今は後ろで簡単に纏められている。
 紅茶の香りがあたりに漂う。

「どうぞ。あんまり熱くないからすぐ飲めるわ」

「ありがとうございます」

 美咲は白磁に桃色の花をあしらったティーカップに手を伸ばす。
 ソーサーに置かれたカップの温もりを確かめるように手で囲んだ。
 熱すぎず、冷たすぎず、今の美咲にはちょうどいい温度だった。
 カップの温かさに、指先の体温が戻ってくる。
 一口飲んで、大きく息をついた。

「お茶請けもあったんだわ。持ってくるわね」

 慌てて台所へ戻り、何やらがさごそと物色するような音がする。

「お父さん、この間のパウンドケーキどこ?」

「おまえが戸棚に入れたんだろう」

 台所からかかる声に呆れるように答えて、苦笑しながら美咲に向き直る。

「すみませんね。慌ただしい娘で」

「いえ。素敵な娘さんです。今日、図書館に本を借りにいらしてました。お父様もここをよく利用しているとおっしゃってましたが、斉藤さんのことだったんですね」

「嫁に行ったんで、苗字は変わりましたが、仕事の休みには何かと世話を焼きに来てくれています。いつもはうるさくて歓迎しないんですが、今日は来てくれて本当に良かった。藤堂さんを見つけてくれましたし」



< 133 / 399 >

この作品をシェア

pagetop