高天原異聞 ~女神の言伝~
台所で結わえたのか、先ほどまで長くたらしていた髪が、今は後ろで簡単に纏められている。
紅茶の香りがあたりに漂う。
「どうぞ。あんまり熱くないからすぐ飲めるわ」
「ありがとうございます」
美咲は白磁に桃色の花をあしらったティーカップに手を伸ばす。
ソーサーに置かれたカップの温もりを確かめるように手で囲んだ。
熱すぎず、冷たすぎず、今の美咲にはちょうどいい温度だった。
カップの温かさに、指先の体温が戻ってくる。
一口飲んで、大きく息をついた。
「お茶請けもあったんだわ。持ってくるわね」
慌てて台所へ戻り、何やらがさごそと物色するような音がする。
「お父さん、この間のパウンドケーキどこ?」
「おまえが戸棚に入れたんだろう」
台所からかかる声に呆れるように答えて、苦笑しながら美咲に向き直る。
「すみませんね。慌ただしい娘で」
「いえ。素敵な娘さんです。今日、図書館に本を借りにいらしてました。お父様もここをよく利用しているとおっしゃってましたが、斉藤さんのことだったんですね」
「嫁に行ったんで、苗字は変わりましたが、仕事の休みには何かと世話を焼きに来てくれています。いつもはうるさくて歓迎しないんですが、今日は来てくれて本当に良かった。藤堂さんを見つけてくれましたし」