高天原異聞 ~女神の言伝~
綾がパウンドケーキを切って、ティーカップとおそろいの模様のプレートにのせて戻ってくる。
「一緒に暮らそうって言ってるのに、嫌だっていうのよ。美咲さんからも何とか言ってやって」
「自分のことは自分でできるし、孫もまだの夫婦の世話にはなりたくないさ」
「まあ、誰も孫の顔見せないなんて言ってないわよ。ただ、お互い仕事が楽しくて、子供には時間が割けそうにもないのよ。あと三年ぐらい待ってくれたら見せれるかも」
「待ってる間に母さんのとこに逝っちまう」
「お生憎様。あと十年は大丈夫。そんな憎たらしい口きけてるもの」
ぽんぽんと掛け合いが続く親子を見て、美咲は知らず微笑んでいた。
そんな美咲に気づいて、斉藤と綾も都合が悪そうに目を見交わす。
「ごめんなさいね、いつもこんな調子で」
「――いえ、仲がよろしいんですね」
「喧嘩するほどってやつよ」
笑って、綾は斉藤の空いたカップに紅茶を注いだ。
それから三十分ほど斉藤と綾と楽しくおしゃべりをして、美咲は斉藤家を出た。
二人は美咲を心配して、大通りまで送ってくれさえした。
並んで、美咲が振り返るたびに手を振ってくれる様子は、とても仲の良い親子で何だか羨ましかった。
人通りの多い大通りの商店街の明かりは、賑わっていて先ほどの怖さを消してくれた。
一人の時は、今度から絶対大通りを歩こうと決めたその時、美咲は携帯が着信を告げる音を聞いて、慌ててバッグから取り出す。
慎也からだ。
『今どこ? 面談終わったから、アパートの前にいる。逢いたい』
胸が熱くなる。
すごく嬉しい。
急いで返信する。
『帰り道よ。五分で着くわ。来てくれて嬉しい』
そのまま、携帯を握って美咲は走り出した。