高天原異聞 ~女神の言伝~
「確かに、あの子だわ」
震えるような声に、斉藤が頷く。
「記憶がなくとも、私にはわかる。間違いなく、あの子だわ」
永遠に、失ってしまったと思っていた。
黄泉国からも消えてしまった妹を長い間捜してきたが、見つからなかったから。
綾は泣きながら、斉藤にしがみついた。
「父上、あの子を護らねば。今度こそ、黄泉国へなど逝かせない。記憶がないのなら、それでもいい。今生では、決してあのように無惨に死なせない」
娘を抱きしめ、斉藤は頷いた。
複雑な思いが父親の胸をよぎる。
娘は妹の神霊だと言い切った。
だが、自分にはそれに重なるように別のものが感じられた。
確かに懐かしく、愛おしい。
だが、あの神霊は――
「だが、幸せそうだ。あの方と一緒なのだろう? 今生では幸せになれるのではないか?」
「いいえ、あの男だけは許さない。あの男は、妹を裏切った。何度でも、また裏切る」
涙が止めどなく流れ、嬉しさと悲しさと愛しさと切なさがない交ぜになる。
「あんな思いは一度で充分よ。もう誰にも、あんな風に奪わせないわ――」