高天原異聞 ~女神の言伝~
5 約束
「お姉様、待って」
先を行く姉比売を、妹比売は小走りで追いかける。
岬へ向かう林の茂みを、姉比売は足早に進んでいる。
断崖にぶつかる波の音が遠くに聞こえる。
風が渡り、潮騒と混じる。
「本当に行ってしまわれるの? 父上様が、今日は大事なお客様がいらっしゃるから御相手をするようにとおっしゃっていたのに」
美しい艶やかな黒髪をひらめかせて、姉比売は先を急ぐ。
「だって、愛しい方との半月ぶりの逢瀬ですもの。だからそなたに頼んだのよ。大丈夫、私のふりをしていて、にこやかに相槌をうっていれば」
頬を染めて急ぐ姉比売に、妹比売はさらに問う。
「お子もいらせられるのに、なぜそのように隠れてお逢いになるの?」
そこで、姉比売はようやく歩みを緩める。
振り返りながら、追いついた妹比売と今度はゆっくり肩を並べて歩く。
「だって、正式に妻となったら、根の国に行かなくてはならないもの。私はそなたと離れないわ。ずっと一緒なの」
息を整えながら、妹比売は不安げに問う。
「私のために、嫁がれないの……?」
「そうじゃないわ。私がここにいたいのよ。あの方を愛するのと同じ気持ちで、この豊葦原の中つ国を、そなたを、国津神を愛しているから」
朗らかに答える姉比売は、大輪の花のように輝いていた。