高天原異聞 ~女神の言伝~
「ふうん」
低い声がもれる。
「そんな大変なことがあったのに、昨日俺には話してくれなかったんだ――」
「だって、無事だったし、大したことじゃないと思ったから」
「追いかけられたのに、大したことじゃないんだ!?」
「勘違いかもしれないでしょ? 結果的に斉藤さんと綾さんがいてくれて、何にもなかったし」
「追いかけられたのに、何にもない? 勘違いかも!?」
言えば言うほど、何だか墓穴を掘っているような気がするのは決して気のせいではないだろう。
慎也の声音が、いつもと違って低く、険しいものになっているのが、それを裏付けている。
「どうして美咲さんは、そう無防備なのかなあ。大人のくせに」
残りの道は、腕を掴んで慎也が足早に歩いていく。
美咲はついていくのが精一杯だった。
そのままアパートの階段を上り、部屋の前まで来ると、美咲を前に押し出した。
「――」
「開けて」
短い言葉に、美咲は逆らうこともできず、バッグのサイドポケットから鍵を取り出して、開ける。
ドアを開けて先に入らされる。
続いて慎也が入ってくる。
ドアが閉まるなり、慎也は鞄をその場に落とし、左腕で美咲を抱きすくめた。