高天原異聞 ~女神の言伝~
「困ったな」
頑なな美咲の態度に、男はあっさりと黄泉の食物を離した。
「女神殿、手荒な真似はしたくないのです。貴女様は我らの命の母。貴女様なくして我らは現象しなかった。ですが、すでに貴女様は黄泉国の死の女神と成られた。何故豊葦原の中つ国にお戻りになったかはわかりませぬが、天津神が甦る前に、黄泉国へ還っていただきたい」
「何を言ってるの……?」
男の言っていることが、美咲にはさっぱりわからなかった。
なぜ自分を女神と呼ぶのか。
今何が起こっているのか。
恐怖と混乱で、どうにかなりそうだった。
そんな美咲を、男は憐れむように見下ろしている。
「ああ、黄泉返ったために、神代の記憶が失われているのですね。申し訳ございませぬ。ですが、ちらとも思い出せぬのですか? 神気も全く見いだせぬとは。それよりも、どのようにして御帰還なされたのか是非とも知りたいものです」
男は、美咲の頬に優しく触れた。
そのまま、じっと目を覗き込む。
男の身体から、神気が揺らめいた。
何かを探っているように見えた。
目に視えぬ何かを――
「――」
穏やかだった男の眼差しが、訝しげに揺らぎ、それから、何かを悟ったように見開かれた。
不意に、美咲に触れていた手が放れる。
「そうか――通りで神気を感じぬはずだ。そのように隠れるとは、さすが女神殿」
先ほどのような慇懃な態度が消えた。
男は一度目を閉じ、開いた。
「だが、そなたは違う」
見下ろす男の眼差しに、凄まじい憎悪を感じた。
男の豹変ぶりに、美咲は恐怖した。
「そなたの男は、兄上の敵。我らまつろわぬ国津神の敵ぞ」
憎しみに満ちた眼差しが、美咲を冷ややかに見つめている。
「恨むなら、そなたの男を恨め」