高天原異聞 ~女神の言伝~
「さて――」
荒ぶる神が、床に膝をつき呆然とこちらを見つめている血塗れの男に目を向ける。
「神域に穢れを持ち込むとは考えたな。内側から結界に入り込まれたせいで、気づくのが遅れた。四三《よみ》の神数《しんすう》――言霊を操るそなたに相応しい小細工だな、事代《ことしろ》」
「何故御身が女神を護るのですか!? そも、この女は御身のお捜しの女神とは――」
「神去《かむさ》るお前が知る必要はない」
「!?」
ゆらりと荒ぶる神の神気が揺らいだ。
ゆっくりと剣が上がる。
その時。
「弟をお許しください!」
必死の声が、荒ぶる神を止める。
「兄上、来てはならぬ!!」
「代わりにこの方をお返しします。傷つけてはおりませぬ。ただ、気を失っているだけです」
大柄な兄神が腕に抱えているのは慎也だった。
荒ぶる神の鋭い眼光が、兄神を射抜く。
忽ち、兄神は身体を竦ませた。
「神逐《かむやら》いされた国津神が、黄泉神と手を組んだか――」
恐怖に震える。
荒ぶる神の神気に、兄弟神は耐えられない。
何という神気。
何という神威。
これが、荒ぶる神の怒りなのか。
太刀打ちできない――この貴神《うずみこ》の前では、自分達など塵芥のような存在だと、思い知らねばならなかった。