高天原異聞 ~女神の言伝~
「慈悲を……」
震える声で、弟神は言霊を絞り出す。
「御身の血を継ぎし女神の末に慈悲を……私の身一つでお許し願いたい」
「事代!? ならぬ!!」
兄神が弟神を庇う。
「兄上は残らねばならぬ。血の濃き故に――さもなくば堅州国の母神に顔向けできぬ」
最後の言葉に、荒ぶる神は息をつく。
「あれは未だ、豊葦原を恋うるか――望むものを違えるのは、神代の頃から変わらんな」
剣を下ろし、庇い合う兄弟神を一瞥する。
「あれに伝えろ。俺の邪魔をするなと――根の堅州国で大人しくしているがいい。女神にこれ以上関わるな。豊葦原はそなたのものにはならん。それはすでに、神代の時代から定められたことだからだ」
僅かな慈悲に、兄弟神はすぐに動いた。
兄弟神の神気が揺らぎ、神威が満ちた。
闇に溶けるように、兄弟神の姿は消えた。
同時に、荒ぶる神の神気が消える。
「そなたたちも戻るがいい。穢れを祓えば神域は黄泉神を受けつけぬ。今まで通り、女神は安全だ」
その言葉に、風は大気を巡り、闇の名残を払拭する。
水は神域を穢す原因となった七冊の本を包み込み、水圧で切り裂いた。
風と水が飛び込んで来たときのようにうねりながら窓から出て行く。
同時に、開いていた窓が一斉に閉まった。
じっ、と音がして、館内の明かりが点いた。