高天原異聞 ~女神の言伝~
闇の主と告げた黄泉神と伊邪那岐の会話を、美咲は思い出した。
あんな――あんな簡単に、伊邪那美は黄泉神に下げ渡されたというのか。
それも、何より愛した伊邪那岐の言霊で。
「だが、最後まであんたは黄泉の國産みを拒んだ。弱り果てた黄泉神は伊邪那岐に説得を頼んだが、それも失敗に終わる。伊邪那岐は伊邪那美に逢いに黄泉国まで降りたが、あんたは納得しなかったんだろう」
「それが、伊邪那岐の黄泉参りなのね」
あの夢。
桃の花が舞い散る、あの悲しい夢。
あれは、伊邪那岐を追う伊邪那美の悲しみだったのだ。
「――神も死ぬの?」
「死ぬさ。条件が揃えば。死なないほど強いのは、別天津神《ことあまつかみ》と、神代七代と言われる伊邪那岐と伊邪那美の神威を濃く継ぐ最初の国津神なんだ。世代を重ねた神威の弱い新しい神は、死んで人間として黄泉返る。そして、どういう手妻《てづま》かはわからんが、ある時、あんたは黄泉国からも消えてしまった。誰にも知られず、突然に。だから、今になるまで、俺達はあんたを捜しだせなかったんだ」
「――」
今になって見つかったのは、きっと慎也と逢ってしまったからだ。
慎也に逢ってから、様々な不可解な出来事が起こったのも頷ける。
出逢って、触れ合ったことで、記憶が甦ってきて、そうして、黄泉神に、見つかったのだ。
そして――
手首と足首が急に押さえつけられたように痛み出した。
胸が痛い。
何か、嫌なことを思い出しそうになった。
身体に触れる、誰かの手の感触。
肌を辿る舌の感触。
悪意ある言霊の感触。
そのおぞましさに、美咲の身体が震える。
――そなたの男は、別の男に穢されても、そなたを愛しんでくれるか?
「下ろして……」
沸き上がる恐怖に、美咲は混乱した。
誰かと触れ合っていることが、熱を感じていることが耐えられなかった。
「下ろして!! 早く!!」