高天原異聞 ~女神の言伝~

10 消えない痕


 目を覚ましたとき、一瞬、美咲はそこが何処なのかわからなかった。
 心配そうに自分を見下ろす慎也の顔が見える。
 その背後には見慣れた天井が見える。
 自分のアパートだ。
 ベッドに寝ている。
 どうしてここに。

「――」

 そう思って、はっと思い出す。

 帰り際の図書館で、見知らぬ男にされたことを。

 恐怖が甦り、咄嗟に自分の身体を抱きしめる。
 そこで、掛け布の中の自分はショーツ以外何も身につけていないことに気づく。
 さらなる恐怖で、美咲は身を竦ませた。

「いや――いやっ!!」

「美咲さん!?」

 自分を守るように手足を引き寄せる美咲を、慎也が掛け布の上から抱きしめる。

「大丈夫。服を脱がせたのは俺だよ。最後までされてない。大丈夫」

 何度も、慎也は安心させるように大丈夫だと言ってくれた。
 優しく抱きしめてくれる慎也のいつもの感触に、美咲の身体から強ばりが解けていく。
 だが、美咲の心は未だに混乱していた。
 図書館での怪異。
 見知らぬ男の復讐まがいの乱暴。
 そして、不可思議な夢。
 その夢に現れた男――建速。
 建速の語った、突拍子もない古の物語。
 前世の記憶。

「――どうやって、ここに帰ってきたの?」

「ああ。建速が、車を出してくれた」

 その言葉に、美咲が驚いて顔を上げる。

「建速を、知ってるの?」

「美咲さんと俺を救けてくれたんだよ。図書館を出て、美咲さんを待ってるときに、いきなり知らない男に後ろから殴られたんだ。振り返りざまに見たけど、知らない顔だった。それを、救けてくれたらしい。気がついたら図書館の中で、美咲さんが気を失ってた」

「――」

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