高天原異聞 ~女神の言伝~
4 別離
根の堅州国で、母神は微睡みからはっと目を覚ました。
この領域で、息子の気配がする。
戻ってきたのだ。
扉を開けると、歩いてくる我が子が見える。
「建御名方《たけみなかた》!!」
駆け寄ってくる身体を、抱きしめる。
「よく戻った」
「母上……」
身体を離すと、疲れたような顔がこちらを見下ろしている。
肩越しには、常に息子の傍らにある事代がいる。
「事代、そなたも大儀であった」
「もったいなき言霊――」
跪く事代の顔色の悪さに気づく。
「そなた――呪詛の気配がする」
母神は訝しげに、呟く。
息子から離れ、母神は事代の顔を上げさせた。
喉元の紋様に気づく。
「これは――」
「触れてはなりません。この身は呪詛に晒されております」
これは、禍つ言霊の紋様。
言霊を操る事代を縛る鎖。
母神の目に怒りが揺らめく。
自分の子どもではないとは言え、事代は我が子が弟と認める唯一の者。
いつでも自分と建御名方に忠義を尽くしてくれていた。
その我が子同然の事代に、このような呪詛を施すとは。
「何という辱めを――許せぬ」
「おや、そのようなことをおっしゃるのですか?」
ふわりと、大気が動いた。
母神がそちらへ視線を向けると、そこには禍つ霊となった美しい国津神がいた。
「木之花知流比売――」
「お久しゅう。須勢理《すせり》比売」