高天原異聞 ~女神の言伝~

 全てが終わり、身支度を整えて御柱に触れると、そこはいつもの図書館だった。
 カーテンの向こう側がうっすら明るくなっている。
 夜明けが近いのだろう。

「……」

 どのような御業なのか美咲には理解できなかったが、閲覧者用のソファーに腰掛けていた建速が僅かに満足そうな顔をしていたので、彼の目的――現世と神代を繋ぐ――は上手く果たされたのだろう。
 自分達がしてきたことを知られているのは恥ずかしかったが、建速は気にした風もない。

「――これで、あんたの思い通りか?」

 慎也の問いに、建速は唇の端を上げた。

「ああ。上出来だ。境界の壊れる音がここまで響いた。美しい神鳴《かみな》りだった――」

 そうして、立ち上がる。

「戻ろう」

 短く言うと、歩き出し、だが、気づいたように足を止め、振り返る。

「――記憶は戻らなかったのか? 神威を感じない」

 慎也と美咲は一瞬顔を見合わせ、それから首を横に振った。

「ホントに俺達なのかよ」

「間違えるわけがない。確かにお前達だ。何が邪魔してる? 二人とも戻らないとは……」

 建速は首を傾げ、だが、諦めたように肩を竦めた。

「まだ、その時ではないということか――今日のところは戻って休め。車を用意してある」

 そうして、美咲達は図書館を出た。
 夜明け間近の館外の敷地はただ静かで、ひっそりとしている。
 少し肌寒い外気に触れ、美咲はさっきまでのことが夢のように思えた。
 職員用の玄関の前には、以前乗った車が横付けされている。
 運転席にいるのも前と同じ男のようだ。
 彼は一体誰なのだろう。
 ふとそう思ったとき、

「――」

 背後に何か、奇妙な感覚を覚えた。
 振り返るとすぐ後ろには慎也がいる。
 彼の後ろに、何か、懐かしいような、けれどひどく変わってしまったような、そんな気配がする。

「どうしたの? 美咲さん」

「美咲?」

「何かが、後ろに……」

 その言葉に、慎也が振り返る。

「!?」

 次の瞬間、慎也の背後で、芝生が鈍い光を放った。

「美咲!!」

 咄嗟に建速が美咲を引き寄せる。
 後ろから抱きすくめられた美咲は、慎也の背後から、不思議な紋様が伸びてくるのが見えた。
 図書館で襲われたときのように、美咲はその紋様が自分に向かってくるのではと咄嗟に身を強ばらせた。
 だが。
 それは美咲ではなく、真っ直ぐに、迷いなく、慎也へと向かっていった。
 美咲は、悲鳴をあげた。




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