高天原異聞 ~女神の言伝~
「ついたぞ、美咲」
背後から抱きしめていてくれた建速の腕から、力が抜けた。
美咲ははっと目を開けた。
そして、言葉をなくした。
「――」
そこは幻想的な美しさだった。
夜なのに、ものの姿を隠さない。
普通暗闇なら全てのものを覆い隠してしまうのに。
浮かび上がるように濃い群青の闇の中、全てが見える。
荒れ果てた大地に、辛うじて生える下草。
天にはぽっかりと月がういている。
遠くには古めかしい館が見える。
「あれが、須勢理の館だ」
「あそこに、慎也くんが?」
「ああ。須勢理の結界があるから確かな場所はここかからではわからんが、俺の神威は感じる。間違いなくあそこには、いる」
「じゃあ、早く行きましょう」
歩き出してすぐ、美咲は奇妙な感覚に気づいた。
一歩進む毎に、重く何かがのしかかるような違和感。
水の中を歩くように、上手く身体が動かない。
「美咲?」
「建速様、母上様のご様子が」
久久能智と石楠が美咲に駆け寄る。
腕を支えられるが、徐々に脚に力が入らなくなってくる。
「どうした、美咲?」
見下ろす建速に、久久能智と石楠の心配げな顔。
葺根《ふきね》とフードを被ったままの女の目元が見える。
それ以外、誰にも変化はない。
この異変は美咲だけに起こっているらしい。
「誰も感じないの? こんな――息をするのも苦しいのに……」
知っている、この気持ち――これは。
愛しい人を恋うる哀しみ。
一つではない。
夥しいほどの、誰かを恋うるが故の哀しみが押し寄せ、内側に入り込んでくる。
止める術がない。
駄目だ。
耐えられない。
「美咲!?」
「母上様!!」
美咲の意識はそのまま途絶えた。