高天原異聞 ~女神の言伝~
夢から覚めると同時に、木之花知流比売はその場に頽れた。
その眼差しは、遙か彼方に過ぎ去った神代の頃を視るように虚ろだった。
あの時、日嗣の御子は、奇妙なものを見るように、髪挿しを見つめていた。
欠けのない、妹比売の髪挿しを。
名を取り替えたことを、自分は背の君に言わなかった。
妹も、言わなかったろう。
背の君は、日嗣の御子に会ったのか。
妻問いを受けたのが、木之花咲耶比売だと言ったのか。
送った髪挿しの一房を、見せたのか。
黄泉神が見せた夢が真ならば――
たどり着いた真実に、木之花知流比売は身を震わせた。
そして、美しい声が、残酷な真実を決定づけた。
「日嗣の御子のせいではない。貴女のために――貴女のせいで、妹比売は神去らねばならなかったのだ――」
それが、真実――!!
「……あぁ……」
愛していたのに。
自分のしたことが、妹を死に追いやったなんて。
「憐れな木之花咲耶比売、愚かな比売神よ」
のろのろと、堕ちた比売神は顔を上げた。
それは、一体誰のこと?
憐れなのは、愚かなのは――
美しい黄泉神の琥珀の瞳に、自分が映っている。
禍つ霊を身に纏ったその姿。
穢れた神気。
穢れた神威。
何という醜い姿――禍つ御霊。
堕ちた自分に相応しい――これが、罰か。
「ああああああああああぁぁぁぁ――――――――っ!!」
絶望に、比売神は叫んだ。
そしてさらなる闇に、堕ちていった。