高天原異聞 ~女神の言伝~
日も暮れる頃、己貴は八上比売の屋敷へと着いた。
「己貴、遅かったではないか!」
門をくぐると、心配で待っていた穴持が己貴の到着を迎えてくれた。
「兄上。八上比売はいかがでしたか?」
「ああ。とても麗しい比売だった。他の兄達より、私と長くお話ししてくださった。名も呼んでくださった」
照れたように告げる兄を、己貴は微笑ましく見つめた。
「ならば、比売も兄上を気に入ってくださったのでしょう。さすがは私の兄上」
安心した。
この兄を見れば、八上比売とてすぐにわかる。
穴持の話を聞いていると、他の兄達が呼びに来た。
どうやら八上比売が八十神全員を呼んだらしい。
穴持に誘われ、己貴もついていった。
穴持の恋う八上比売の容を一目見てみたいと思ったからだ。
大広間に着いた時、すでに部屋は兄達でいっぱいだった。
穴持と己貴は部屋の一番後ろに立っていた。
奥から、八上比売が出てくる。
ざわついていた広間がしんとなる。
上座に立つ八上比売は、とても美しい比売だった。
だが、どこか顔色が悪い。
広間を見渡し、八上比売は優雅にお辞儀をした。
「今日はお出でくださりありがとうございます。たくさんの方々からの訪れを嬉しく思います」
八上比売は涙を堪えるような眼差しで、穴持を見ていた。
「私は、大己貴様に嫁ぎます」
八十神達が顔色を変えてざわめく。
己貴も蒼白となって穴持と顔を見合わせる。
「己貴……」
「兄上、違います。これは何かの間違いです!!」
名も告げていないのに、目通りもしていないのに、何故八上比売が自分の名を告げたのか、己貴はもう一度八上比売の方を見据えた。
そして、一点を凝視した。
「素菟――」
そう、八上比売の後ろには、気多の岬で救けた素菟が控え、にっこりと微笑んでいた。