高天原異聞 ~女神の言伝~
館を出て、己貴は草原に一人佇む。
逃げられるのか、荒ぶる神から。
根の堅州国の女王となるべき須勢理を攫って。
悩む己貴の背後からかかる声。
「往くのか」
振り返った己貴が見る荒ぶる神の眼差しに、怒りの色はなかった。
ただ憐れむように己貴を見ていた。
「義父上様……」
「須勢理は根の堅州国の女王。根の堅州国を治めるべく生まれた女神なのだ。出て往けぬかも知れん。この世界が、それを拒むかも知れん」
「それでも、往かねばなりませぬ。須勢理の望みは我が望み。妻の願いを叶えてやらねば」
「ならば、これを持って往け。幾ばくかの救けになるかもしれん」
「――義父上様……」
「俺は今宵早々と休む。その間、何が起ころうとも気づかぬだろう――」
生大刀と生弓矢、そして、天之詔琴を己貴へと渡し、荒ぶる神は去っていった。
そしてその夜、己貴と須勢理比売は根の堅州国を出るべく、黄泉比良坂へと向かった。
分かれ道が見えたその時、突如天之詔琴が悲しげに音色を奏で始めた。
「己貴様……」
「何故天之詔琴が――」
戸惑う二柱の神に迫り来る闇の影。
妖しげな気配に振り返る己貴は、大いなる闇が須勢理比売を取り戻そうと追ってくるのを感じた。