高天原異聞 ~女神の言伝~

 衝撃は全くなかった。
 階段の中ほどに座っている美咲以外、何事もなかった。
 辺りは静まり返っている。

 今のは、一体――?

 振り返って見上げると、さっきまで自分がいた空間と中二階の床が見える。
 上から落ちたはずなのに、何事もなく中段に座っている。
 普通なら、下の通路の床まで滑り落ちていたはずだ。
 そのくらいの勢いで足を滑らせたはずだ。
 だからこそ、咄嗟に本を落とさぬよう必死で抱きしめたのだ。
 落ちていく以外、美咲にできることなど何もなかった。
 落ちると思った恐怖で身体は強張っている。
 だが、その後に来るはずの衝撃と痛みが来なかったことで、美咲は混乱した。
 ただ、不可思議で、暖かい感覚。
 優しい何かに包まれたような、そんな一瞬の感覚がしたことだけは確かだった。
 雨の中で感じた、幸せなような、切ないような、愛おしいような感情。

 どうして、こんなことを思うのだろう。

 訳もなく込み上げる感情に、美咲は目を閉じた。




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